2025.08.28
“非公開物件”は何故選ばれるのか?
かつて不動産取引の主戦場は、紙の広告やポータルサイト上にあった。しかし、超高額帯──特に港区・渋谷区・千代田区などを舞台とするラグジュアリーマーケットでは、「表に出ない」ことこそが価値になる時代に入っている。
富裕層の間では、レインズ(指定流通機構)やポータルに掲載されない“非公開物件”=オフマーケット物件を求める傾向が強まっており、それは「希少性」や「ステータス」だけでなく、安心・安全な取引への志向でもある。
本稿では、非公開物件が持つ魅力とその背景、そして売主・買主双方にとってのメリットについて掘り下げる。
1. なぜ物件は“非公開”になるのか──売主の論理
不動産を「公開する」ことが必ずしも望ましいとは限らない。特に以下のような理由から、富裕層の所有者は非公開売却を選ぶ傾向がある。
- 居住中のプライバシー保護:内覧対応が煩雑で、日常生活に支障をきたす
- 資産ステータスの秘匿:近隣や知人に知られたくない資産売却の意図
- 取引の慎重性:価格や条件が合わない層に拡散されることでブランド毀損につながる
加えて、歴史的建物や特定の建築家による希少価値の高い住戸など、「目利きにしか価値が分からない」物件においては、あえてマーケットに出さず、“分かる人だけに伝える”スタイルが主流となる。
これはある意味、アート作品の売買に近い感覚である。
2. 買主側から見た非公開物件の魅力
購入検討者にとっても、非公開物件には明確なメリットがある。
- 情報の独占性:マーケットに出ていない=競合が少ない
- 価格交渉の柔軟性:一般流通の“相場”に左右されない
- 選ばれた顧客としての誇り:オファーを受けること自体が“選ばれし者”の証
特に海外富裕層にとっては、「オフマーケットで出てくる物件=真に価値のあるもの」と捉える文化があり、むしろ“表に出ている”物件は検討対象に入らないということさえある。
3. 取引の成立条件──“信頼”と“スクリーニング”の精度
非公開物件が取引される際、極めて重要になるのが仲介者の存在である。単に情報を持っているだけでは不十分で、売主の信頼を獲得し、買主を「適切にスクリーニング」できる力が求められる。
- 買主の属性確認(与信・目的・資金背景)
- 売主との事前面談・ヒアリング
- 物件の真正性確認(権利関係・登記・建物状態)
これらの工程は、“オープンマーケット”では省略されがちな部分だが、オフマーケットではむしろ重視される。“信頼の鎖”を媒介することで初めて、表に出せない物件の価値が真に開示されるのだ。
4. 事例:港区高輪のヴィンテージマンション──静かなる価値
実際に、港区高輪の低層レジデンスにおいて、ある著名建築家によるフルリノベーション住戸が非公開で取引された例がある。ポータルには一切掲載されず、買主候補は3人のみに絞られ、内覧も完全予約制。
物件価格は約6億円。買主が決まった背景には、仲介者の「相手を選ぶ力」と、売主の「誰に住んでもらうかを重視する美学」があった。
このように、非公開取引とは「価格」で測れない“価値観”の交差点でもある。
5. 情報格差の時代における“目利き”の力
不動産がインターネットで検索できるようになった現代において、「非公開情報」こそが最大の差別化要因になっている。
しかし、情報を得るだけでは不十分。そこから“真贋を見極め、交渉し、成立させる力”が求められる。つまり、「物件を知っている」だけではなく、「価値を翻訳できる」仲介者の存在こそが、現代の不動産取引の本質になっている。
まとめ:可視化されない“価値”をつなぐプロフェッショナル
非公開物件という言葉は、ときに幻想をまといがちだが、実際には極めてロジカルな理由とプロセスに基づいて存在している。
売主のプライバシー、買主の安心感、仲介者の選別力──そのすべてが揃ったとき、表には出ないけれど“確かな価値”を持つ住まいが見えてくる。
不動産の魅力は、目に見えるものだけではない。 可視化されない“価値”をどれだけ誠実に届けられるか──それが、富裕層マーケットにおける信頼の起点であり、不動産の未来を支える礎でもある。