2025.06.04
アート×高級不動産 の新しい価値基準

「住むための箱」から、「感性と共鳴する空間」へ──。近年の高級レジデンスでは、建築やインテリアに加え、アートそのものを空間の中核に据える設計思想が静かに広がりを見せている。特に東京・港区の物件では、単なる装飾ではなく、“空間とアートの融合”という視点から再構築された住まいが、感度の高い国内外の富裕層から注目を集めている。
本稿では、「オパス有栖川405号室」と「麻布台ヒルズレジデンス」という2つの象徴的なレジデンスを通して、アートが高級住宅にどのように取り入れられ、その空間価値をどのように高めているのかを掘り下げていきたい。
住戸そのものがアートになる瞬間──オパス有栖川405号室
「住むこと」と「アートを体験すること」が交差する住空間。それが「オパス有栖川405号室」である。この住戸は、住空間そのものを“ギャラリー”として捉える革新的な試みとして、フランス出身のデザイナー・グエナエル・ニコラ氏の設計・監修のもとで誕生した。
ニコラ氏は、日本文化への深い理解と詩的でタイムレスな空間づくりで国際的に高い評価を得ており、本プロジェクトでもその美学が存分に発揮されている。日本の伝統文化と現代のミニマリズムを融合させた空間は、「静けさ」や「余白」といった非言語的な価値観を巧みに織り込んでいる。
たとえば、主寝室にはテキスタイルブランド「布(nuno)」のデザインディレクター・須藤玲子氏による和紙ファブリックが採用されており、柔らかな陰影とマットな質感が視覚と触覚に訴えかける。紙という素材が持つ軽やかさと静謐さが、住まい手の感性にそっと寄り添う設計だ。
また、陶芸家・大平新五氏の花器は、有機的なフォルムで空間に“重心”を与えている。それは、まるで自然から切り出された一片のように、空間のなかで確かな存在感を放つ。
加えて、創作和紙の引き戸は、単なる間仕切りではなく、光の透過や移ろいを楽しむ現代の“障子”として機能している。これは日本建築における「仕切りの美」を、現代的に再構成した試みであり、空間にリズムと物語性を付与する。
これらのアートピースは、単なる装飾として設置されているのではない。住まう人の視線や動線、時間の過ごし方と呼応しながら、「住むことで完成する空間」を提示している。その意味で、この住戸自体が一つのインスタレーションであり、住まい手が“共演者”となる体験型アートともいえるだろう。
“アートの棲む街区”──麻布台ヒルズレジデンス
東京・港区の再開発エリアで大きな注目を集めている「麻布台ヒルズ」。その中核を担うレジデンシャル棟では、建築・都市計画の枠を超えて、アートと共生する都市生活が提案されている。
レジデンス全体には、世界的アーティストによるパブリックアートやインスタレーションが随所に配置され、居住者が日常の中でアートに触れることができる環境が整備されている。
たとえば、麻布台ヒルズのエントランスホールには、デンマーク出身の現代アーティスト、オラファー・エリアソンによる光と反射を用いたインスタレーションが設置されている。彼の作品は、自然現象と人間の知覚をテーマにしており、都市生活における「自然とのつながり」を再発見させる役割を果たしている。
また、日本人アーティストでありメディアアーティストの落合陽一氏による作品も注目だ。落合氏の作品は、テクノロジーと工芸、音と視覚を融合させた「デジタル自然美」を提示しており、伝統と未来が共存する空間を生み出している。
これらのアートは、単にラウンジや共用部に“飾る”ものではない。建築設計そのものと一体となり、動線や自然光、素材の質感と呼応しながら空間に“気配”をもたらしている。その結果、レジデンス全体が一つの有機的なアート作品として成立しているといっても過言ではない。
こうした試みは、単に居住性や快適性を追求するのではなく、日々の暮らしそのものを“文化体験”として昇華するものであり、海外富裕層をはじめとした感度の高い層から高く評価されている。

アートがもたらす“非資産的価値”と文化的共鳴
高級レジデンスにおいてアートが果たす役割は、もはや“資産価値の向上”という枠組みに収まらない。むしろ重要なのは、アートが空間に「文化的価値の可視化」をもたらすことにある。
アートと住空間の融合は、空間そのものに思想性や物語性を付与し、所有者に“暮らす哲学”を問いかける。それは、単に美しい家具や仕上げ材を選ぶことではなく、「なぜこの作品がここにあるのか」「どのような意味を持つのか」という思索の入口を空間に設けることでもある。
その空間に集められたアートやクラフトには、作家の背景、素材の出自、制作の過程といったストーリーが宿っており、それらが住まい手との“文化的共鳴”を生む。つまり、アートは物件の「価格」では測れない“非資産的価値”を空間にもたらしているのである。
これは、資産を「保有する」から「共に生きる」価値へと転換する動きであり、特に文化や芸術を生活の一部として捉える欧米の富裕層にとっては、大きな魅力となっている。
ジャパン・アズ・ブランド──海外富裕層が求める“静けさのデザイン
こうした空間が惹きつけているのは、日本人だけではない。近年、港区を中心とした高級レジデンスには、欧米・アジアを問わず多くの海外富裕層の関心が集まっている。
彼らが求めているのは、決してきらびやかで装飾過多なラグジュアリーではない。むしろ「侘び寂び」や「Japandi(ジャパンディ)」といった、余白や静けさの中に宿る豊かさに魅了されている。
アートを軸とした住空間は、まさにそうした感性と共鳴する装置である。自然光が差し込む角度、素材が持つ触感、作品の持つ静謐な存在感──これらが複合的に空間を構成し、日本という土地の文化的深みを体現している。
“ジャパン・アズ・ブランド”という文脈において、このようなレジデンスは日本の美意識と建築文化を世界に発信する重要なメディアとなっている。そして、それが結果的に、海外投資家の心を動かし、日本の不動産を“資産”以上の価値として位置づけることにつながっている。
結び──アートと共に暮らすという選択
アートを纏った住まいでは、日常のささやかな瞬間が、美の体験へと昇華する。たとえば、朝の光が和紙の壁面に陰影を刻む時間、何も語らない陶器の花器が季節の移ろいを静かに告げる場面──そうした瞬間が、住まいに詩を与える。
そしてその体験こそが、最も贅沢な「住まいの本質」なのかもしれない。
“住む”ことが、“感じる”ことへと変わる。アートとともにある暮らしが、これからの高級レジデンスにおける新たな選択肢として、確かな存在感を放っている。
港区から世界のエンドユーザーへ!を掲げ、コラムを執筆中。